STAGE 1
干渉の足し算ルール
矢印を足してから2乗
🎯 ミッション
旅の唯一の武器「区別がつかない道筋は、矢印(振幅)を足してから2乗する」を手に入れよう。二重スリットの縞の明るい場所と暗い場所が、矢印の足し算からどう生まれるかを自分で組み立てられれば合格。
未達成

ねこ博士
今日から新しい旅を始めよう。テーマは、量子力学でいちばん有名な謎――「観測すると、二重スリットの干渉縞が消えるのはなぜか」だ。この謎に、きみは量子力学の旅で一度出会っているね。まず、二重スリットの実験がどんなものだったか、きみの言葉で整理してもらえるかな。

うさ美
はい。板に細い切れ込み(スリット)を2本開けて、電子や光子を1個ずつ発射する実験です。スクリーンには1発ごとに点が1個つくだけなのに、何千発も撃って点を集めると、明るい帯と暗い帯が交互に並ぶ縞が浮かび上がりました。粒は1個ずつしか飛んでいないのに、2本のスリットを同時に通った波のように振る舞う。そして――どちらのスリットを通ったかを調べながら撃つと、縞は消えて、山をふたつ重ねただけののっぺりした分布になる。旅の最後に博士は、「効いているのは検出器が粒子を蹴飛ばす乱しの強さではなく、どちらを通ったかの情報が世界のどこかに残るかどうかだ」とおっしゃいました。ただ、結論だけ渡されて、なぜ情報が残るだけで縞が消えるのかは宿題のままです。

ねこ博士
その宿題を、この旅では最後まで解き切る。そのために、道具の置き場所を決めておこう。新しい道具は増やさないよ。使うのは、きみが量子力学の旅で見慣れた矢印ひとつだ。あのときの矢印は、空間の場所ごとに1本ずつ置かれていたね。この旅では同じ矢印を、置き方を変えて使う。「こういう道筋をたどってこの結果に至る」という筋書きのひとつひとつに、1本ずつ割り当てるんだ。性質のほうは変わらない。矢印は長さと向きを持っていて、ある結果が起きる確率は、矢印の長さの2乗で決まる。長さが0.5なら確率は0.25、という具合だね。筋書きについたこの矢印のことを、物理学者は振幅と呼ぶよ。

うさ美
「長さと向きを持つ矢印」……複素数と同じですね。複素数は平面の上の矢印として描けて、掛け算すると回転する、と学びました。振幅の正体は複素数ですか?

ねこ博士
その通り、教科書ではまさに複素数で書かれる。正式な名前は確率振幅というが、この旅は「矢印」のままで最後まで歩き切れるよ。大事なのは向きの意味だ。矢印の向きは、物理では位相と呼ぶ。複素数の教室で偏角と呼んでいた、あの角度と同じものだよ。そしてこの向きは、粒子が進むにつれてくるくる回転する。波長1つ分の距離を進むごとに、ちょうど1回転だ。だから、長い道のりを通ってきた矢印と短い道のりを通ってきた矢印では、届いたときの向きがずれる。この「向きのずれ」が、これから先ずっと主役になる。

うさ美
その「向き」なら、量子力学の旅でも念を押されました。東西南北のような空間の方向ではなく、粒子が内側に持っている「時計の針」のようなものだ、と。空間とは別の、複素数の平面の中での角度なんですよね。

ねこ博士
よく覚えていたね、その理解で正確だよ。量子力学の旅で見たのは、その針が時間とともに回る顔――矢印の時計法則だった。いま使っているのは、同じ針が進んだ距離に応じて回る顔だね。では、旅の唯一の武器を渡そう。ある結果――たとえば「スクリーンの点xに粒子が当たる」――に至る道筋が2つ以上あるとき、確率はどう計算するか。ルールはこうだ。まず前半。その道筋たちが、宇宙のどこを探しても区別がつかないなら、矢印を足し合わせてから、合計の矢印の長さを2乗する。
左経由の矢印の長さ 1.00
右経由の矢印の長さ 1.00
合計の矢印の長さ 2.00
明るさの比=合計の長さの2乗 4.00
位相差 0°
走査位置
スクリーン上の黒丸の点に、左スリット経由(青緑)と右スリット経由(オレンジ)の2本の矢印が、道のりに応じて回転しながら届く。右の円が「矢印の足し算」の作業台:2本を隣り合う2辺とする平行四辺形(点線)の対角線が「合計」(黒い矢印)。合計の長さの2乗が、その点の明るさ(1=スクリーン中央にスリット1本だけのときの明るさ。端では矢印が短くなるので数値も下がる)。2本の向きの開きが位相差:0°なら合計は長く伸びて強め合い、180°なら打ち消し合ってほぼ0。走査点を上下に動かすと、明るさのカーブ=干渉縞が右側に浮かび上がる

ねこ博士
そして後半。どの道筋だったかの手がかりがどこかに残っているなら、それぞれの長さを2乗してから、確率どうしを足す。これだけだ。この旅で使う道具は、最後までこの1つしかない。
左経由の矢印の長さ 1.00
右経由の矢印の長さ 1.00
左経由の長さの2乗 1.00
右経由の長さの2乗 1.00
明るさの比=2乗の和 2.00
位相差 0°
走査位置
上の図と同じ装置・同じ2本の矢印。ただし手がかりが残るときは足し合わせが禁止され、左経由の矢印を単独で2乗、右経由も単独で2乗して、確率どうしを足す(1=スクリーン中央に「1本だけ」のときの明るさ。端では矢印が短くなるので数値も下がる)。明るさは常に左右それぞれの2乗の和で、矢印の向き(位相差)はどこにも使われない。強め合いも打ち消し合いも起きないので、スクリーンには縞のない、なだらかな分布が積もる――計算の手順が変わっただけで、縞は消える

うさ美
さっそく試します。スクリーンの真ん中の点なら、左スリットからの道のりと右スリットからの道のりが同じ長さです。2本の矢印は同じだけ回転して、同じ向きで届く。どちらを通ったかの手がかりはどこにもないので、足してから2乗。長さ1の矢印が2本、同じ向きなら合計は長さ2、2乗して4。……あれ? スリットが1本だけなら1の2乗で1ですから、2本開けたのに明るさが2倍ではなく4倍になるんですか?

ねこ博士
なるんだ。それが干渉の強め合いだよ。では、真ん中から少しずれた点はどうかな。左からの道のりと右からの道のりに、ちょうど波長の半分だけ差がつく場所を考えてごらん。

うさ美
半波長の差は半回転のずれ。2本の矢印は正反対の向きで届きます。足すと打ち消し合って長さ0、2乗しても0。粒子が1個も当たらない、真っ暗な帯です。……分かりました。スクリーン上の場所ごとに道のりの差が少しずつ変わるから、強め合う場所と打ち消す場所が交互に並ぶ。それが縞の正体ですね。明るい帯は4倍、暗い帯は0、ならせば平均2倍だから、撃った粒の総数ともつじつまが合います。

ねこ博士
ここで1つ、正直に付け加えておきたいことがある。位相差がひと回りしてそろう場所――明るい帯――は、真ん中のほかにも何度も現れる。いまの計算のままだと、どの明るい帯も同じ「4倍」の明るさになりそうだね。でも実際の縞は、端へ行くほど暗くなる。矛盾ではないんだ。まだ話していなかった材料は、矢印の長さは場所によって違うということ。波は広がりながら進むから、スリットの正面から離れた点には、薄まって届く。スリットを1本だけ開けたときの分布が「真ん中が高く、端へ行くほど低い山」になるのは、そのためだ。足し算ルールは何も変わらない。ただ、端の点で足し合わされる2本の矢印は、そもそも短い。だから「明るい帯は4倍」の正確な意味は、「同じ場所に、スリットを1本だけ開けたときと比べて4倍」。短い矢印どうしの強め合いは、長い矢印どうしの強め合いより暗い、というわけだ。

うさ美
なるほど、縞の全体は二階建てなんですね。一階は「スリット1本の山」という骨組み。これは矢印の長さが場所ごとに違うことから来る。二階はその上に刻まれる0倍〜4倍の縞模様で、こちらは矢印の向き(位相差)から来る。この2つを掛け合わせたものが、実際にスクリーンに現れる模様。

ねこ博士
その通り。仕上げに、ルールのもう半分――「手がかりが残るなら、2乗してから足す」だとどうなるかも確かめておこう。左経由の確率と右経由の確率をそれぞれ計算してから足すだけなら、矢印の向きは出番がない。向きが出番を失えば、打ち消し合いはどこの点でも起きない。

うさ美
つまり、左スリットだけ開けたときの山と、右スリットだけ開けたときの山を、そのまま重ねた分布。縞のない、のっぺりです。……ということは、です。縞が出るか、のっぺりになるかは、「区別がつくかどうか」だけで切り替わる。冒頭の宿題に、答えが出そうです。「乱しではなく、情報が世界のどこかに残るかどうかで決まる」と結論だけ渡されたあの話――あれはつまり、観測によって「どちらを通ったかの手がかり」がどこかに残り、ルールの後半が発動するということだったんですか?

ねこ博士
そう。あのとき結論だけ渡した話が、いま足し算ルールの後半として出てきたね。これがこの旅の中心予想だ。次のステージでは、スリットのそばに本物の検出器を置いて、その予想をごまかしなしに検証する。「手がかりが残る」とは正確には何なのか――それを書き切るのが次の仕事だ。
【旅の唯一の武器 ― 干渉の足し算ルール】
・結果に至る道筋のひとつひとつに矢印(振幅)がつく。矢印は長さと向き(位相)を持ち、向きは波長1つ分進むごとに1回転する
・道筋の区別がつかないとき → 矢印を足してから、合計の長さを2乗(=干渉が起きる。強め合い・打ち消し合い)
・どの道筋かの手がかりが残るとき → それぞれの長さを2乗してから、確率を足す(=干渉が消える)
・二重スリット:道のりの差が0なら同じ向きで明るさ4倍、半波長なら正反対で明るさ0。この繰り返しが縞になる
確認クイズ
Q1. スクリーンのある点に、左経由と右経由の矢印がちょうど正反対の向きで届いた(道筋の区別はつかない)。この点の明るさは?
正解! 区別がつかないときは、2乗する前に矢印そのものを足す。正反対の矢印は足すと長さ0、2乗しても0。粒子が1個も届かない暗い帯は、こうして生まれる。「確率を足してから」では決して0にならないことに注意。
Q2. もし自然が「それぞれ2乗してから足す」で計算していたら、二重スリットの分布はどうなる?
正解! 2乗した値(確率)は必ず0以上なので、足し算で打ち消しは起きない。左だけの山と右だけの山を重ねた、なだらかな分布になる。実験で縞が見えるという事実が、「自然は矢印を足してから2乗している」証拠だ。
Q3. 矢印(振幅)の長さの2乗が表しているものは?
正解! 長さ1なら確率1、長さ0.5なら確率0.25。矢印の「向き」は単独では確率に現れないが、複数の矢印を足すときに強め合いと打ち消し合いを生む。この向きの働きこそが、量子力学を確率のゲームと分けている。