STAGE 4
量子力学の予言
食い違いは sin²(角度差)
🎯 ミッション
量子力学が予言する食い違い率を計算しよう。マルスの法則「光子は確率cos²θで偏光板を通る」を矢印の分解から理解し、もつれペアの食い違い率 D=sin²(角度差) を導く。さらにベルの不等式に代入して、3/4 ≤ 1/2 という衝突を自分の手で確かめられれば合格。
未達成

ねこ博士
裁判の基準はできた。今度は原告側――量子力学に、具体的な数字を予言してもらう番だ。鍵になるのは、まだ答えていなかった問いだね。斜めに振動する光が偏光板に入ると、どうなるか? 答えを出すために、まず角度の道具を2つ用意するよ。シュレディンガー方程式の教室を歩いた人にはおなじみの2人だけれど、初めてでも大丈夫、ここで定義から説明する。半径1の円を描いて、中心から角度θの方向に線を引き、円周との交点を見る。この点の高さをsinθ(サイン)、横の位置をcosθ(コサイン)と呼ぶ。たとえば θ=0° なら点は真横にあるから、高さ sin0°=0、横 cos0°=1。θ=90° なら真上だから sin90°=1、cos90°=0。よく使う値も挙げておこう。sin30°=1/2、cos30°=√3/2(=約0.87)、sin60°=√3/2、cos60°=1/2、sin45°=cos45°=1/√2(=約0.71)だ。
sinとcosの定義。半径1の円で、中心から角度θの方向へ引いた線が円周と交わる点を見る。点の高さ=sinθ、点の横の位置=cosθ。ボタンで角度を切り替えて、30°の高さがちょうど半径の半分(1/2)になること、45°で高さと横がそろうこと、シーソーのように片方が増えると片方が減ることを確かめよう

うさ美
「角度θの方向を向いた長さ1の矢印の、縦の成分がsinθ、横の成分がcosθ」と覚えればよさそうですね。θが0°から90°へ増えると、cosθは1から0へ減っていき、sinθは0から1へ増えていく。2つはシーソーの関係……。それで、この道具で斜めの光をどう料理するんですか?

ねこ博士
光の振動を矢印として描くんだ。矢印の向きが偏光の向き、矢印の長さが振動の大きさ(振幅と呼ぶ)だよ。偏光板の軸から角度θだけ傾いた、長さ1の矢印を考えよう。この矢印は、軸に沿った成分と軸に直角な成分の2本に分解できる。いま定義した道具そのままに、軸に沿った成分の長さはcosθ、直角な成分はsinθだ。偏光板は軸に沿った振動だけを通す柵だったから、通り抜けるのは cosθ の成分だけ。ここでもう1つ、波の大事な性質を教えよう。波の明るさ(エネルギー)は、振幅の2乗に比例する。振れ幅が2倍になると、動きの速さも働く力も2倍ずつになって、エネルギーは2×2=4倍になる、という理屈だ。書き方をひとつ決めておこう。「cosθ を2乗したもの」は cos²θ と書く。すると、通った後の明るさは元の――

うさ美
振幅がcosθ倍になったのだから、明るさはcos²θ倍ですね。検算します。θ=0°なら cos²0°=1で全部通る。θ=90°なら cos²90°=0で全滅。STAGE2の柵の話と一致します。θ=45°なら (1/√2)²=1/2でちょうど半分。……あ、でも先生、ここで前と同じ問題が起きます。光子1個は割れないんでした。明るさが cos²θ倍になるということは、光子の数が cos²θ倍に減るしかない。つまり1個1個の光子は、確率 cos²θ で通り、確率 sin²θ で吸収される(三平方の定理でcos²θ+sin²θ=1)。そういうことですか?
縦に振動する光(明るさ1)の先で、偏光板をぐるりと回してみる。筋が縦(θ=0°・180°)のときは全部通り、横(θ=90°・270°)のときは全滅、その間はcos²θ倍の明るさでなめらかに明滅する――これがマルスの法則。下のグラフは角度θと通る明るさの関係で、赤い点がいまの角度を指しながらcos²θのカーブの上を走る。光子1個の言葉に翻訳すると、この「明るさの割合cos²θ」が「1個が通る確率cos²θ」になる

ねこ博士
その通り。これがマルスの法則の光子版だ。マルスは19世紀初めに明るさの法則 cos²θ を見つけた物理学者で、量子力学はそれを「1個あたりの確率」と読み替えた。軸から角度θ傾いた偏光の光子は、確率 cos²θ で通る(○)、確率 sin²θ で吸収される(×)。これが量子力学の基本ルールだ。そしてどちらになるかは、量子力学によれば本物の偶然で、誰にも――光子自身にも――事前には分からない。
軸から角度θ傾いた振動(長さ1の矢印)は、軸に沿ったcosθ成分と直角なsinθ成分に分解できる。柵を通るのはcosθ成分だけで、明るさは振幅の2乗だからcos²θ倍。割れない光子1個にとって、これは通る確率cos²θ・吸収される確率sin²θを意味する

ねこ博士
では本題。もつれペアを量子力学で料理しよう。量子力学の教科書は、もつれペアをこう描く。測る前は、どちらの光子も決まった偏光を持っていない。説明書は白紙どころか、存在しない。そしてアリスが角度aの偏光板で測って、たとえば○(通過)だったとする。その瞬間、ペア全体の状態がガラリと変わり、ボブの光子は「角度aの偏光を持つ光子」になる。アリスが×なら、ボブの光子は「aと直角(a+90°)の偏光を持つ光子」になる。この「瞬間に変わる」がアインシュタインの憎んだ不気味な遠隔作用だね。本当にそんな作用があるのかは、まさに裁判で審理中だから、いまは量子力学の計算ルールとして受け入れて、予言だけを取り出そう。
測る前の2つの光子は、偏光の向きが決まっていない(薄い米印=向き未定)。左の光子がアリスの偏光板(角度a)に届いて結果が出た瞬間――○なら、まだ飛行中のボブの光子の偏光が角度aに決まる(太い両矢印)。×なら a+90°に決まる。ペアは次々と送り出され、アリスの結果はランダムなので、ペアごとに違う結末になる。この「瞬間に決まる」が本当の作用なのかは、まさに裁判の争点だ

うさ美
待ってください、その規則、引っかかります。通過したら偏光aに決まる――でも、aと直角以外なら、どんな偏光でも確率cos²θで通過できるんですよね。通過したという事実だけから、どうして「偏光aになった」と言えるんですか? 元の偏光bのまま通り抜けたのかもしれないのに。ブロック側も同じです。a+90°以外でも吸収されることはあるのに、なぜ吸収=a+90°なんですか?

ねこ博士
いい違和感だね。鍵は、偏光板が「元の偏光を当てる装置」ではなく、出口が2つしかない装置だという点にあるんだ。波の絵に戻ろう。どんな向きの振動が入ってきても、柵をすり抜けられるのは軸方向の成分だけだったね。つまり通過した後の光は――入射前が何であれ――軸方向(a)の振動しか含んでいない。元の偏光bの違いは「どのくらいの確率で通るか」にだけ現れて、通った後の姿には残らない。実験でも確かめられるよ。角度aの板のすぐ後ろにもう1枚、角度aの板を置くと、通過してきた光子は100%通る。a+90°の板なら0%。通過後の光子は、偏光aの光子と完全に同じふるまいをするんだ。ブロック側は、吸収型の板だと光子が消えてしまうから直接は見えないけれど、方解石という透明な結晶のように出口が2つある測定器を使えば、もう一方の出口から出る光は必ずa+90°偏光になっている。だから理論では、吸収も「a+90°側の答えが出た」として扱う。

うさ美
偏光板は質問装置で、答えの選択肢が2つしかないから、答えた後の状態も2通りしかないんですね。……そうすると、ボブの光子のほうは、私にも理由が組み立てられそうです。アリスが角度aで○だったとします。完全相関より、ボブも角度aで測れば必ず○のはず。マルスの法則で「確率1で通る」偏光は cos²θ=1、つまり偏光aだけです。だからボブの光子は偏光aになっていないと、つじつまが合わない。アリスが×なら、ボブは必ず×=「確率0で通る」=a+90°だけ。さっきの規則は、完全相関からの逆算で一通りに決まっていたんですね。

ねこ博士
その通り。教科書の規則の根っこを、自分の手で掘り当てたね。では安心して、この規則で食い違い率を計算しよう。

うさ美
計算、やらせてください。アリスが角度a、ボブが角度bで測ります。角度差をΔ(デルタ)=b−aと書きますね。場合1:アリスが○(確率は対称性から1/2)。ボブの光子は角度aの偏光になったので、角度bの偏光板を通る確率は、軸との角度差がΔだからcos²Δ。食い違うのはボブが×のときで、確率sin²Δ。場合2:アリスが×(確率1/2)。ボブの光子はa+90°の偏光。角度bの板との角度差は90°−Δで……cos²(90°−Δ)。90°−Δの矢印の横成分はΔの矢印の縦成分と同じだから、cos(90°−Δ)=sinΔ。よって通る確率はsin²Δ。今度はボブが○のとき食い違うので、やはり確率sin²Δ。……どちらの場合も同じですね。食い違い率 D=sin²Δ。角度差だけで決まりました。
うさ美の場合分けを図にしたもの。アリスの結果が○でも×でも、食い違いが起きる枝の確率はどちらも sin²Δ(場合2では、ボブの光子と角度bの板の角度差が90°−Δになるため、通る確率が cos²(90°−Δ)=sin²Δ に入れ替わる)。2つの場合を確率1/2ずつで足し合わせると、食い違い率は角度差だけで決まる D=sin²Δ になる

ねこ博士
計算はそれで合っているよ。検算もしておこう。角度差Δ=0°、つまり2人が同じ角度なら、D=sin²0°=0。食い違いゼロ、完全相関――STAGE2の実験事実がちゃんと再現された。Δ=90°ならD=sin²90°=1で、必ず食い違う。そして裁判に使う値を計算しよう。Δ=30°のとき:D=sin²30°=(1/2)²=1/4。Δ=60°のとき:D=sin²60°=(√3/2)²=3/4。√3を2乗すれば3に戻るから、3/4だね。この2つの数字が、次のステージで法廷に提出される証拠になる。
量子力学の予言カーブ。角度差0°で食い違いゼロ(完全相関)、90°で必ず食い違う。注目はカーブの形だ。0°付近ではなかなか立ち上がらず、あとから一気に急になる。30°で1/4だった食い違いが、60°では2倍の1/2ではなく3倍の3/4まで跳ね上がる――この「加速」が次のステージで事件を起こす

うさ美
並べた瞬間に、気づいてしまいました。ベルの不等式は D(A,C) ≤ D(A,B)+D(B,C)。いま出た数字を入れると、左辺は3/4、右辺は1/4+1/4=1/2。3/4 ≤ 1/2――成り立ちません。仮に量子力学の予言が正しければ、実際の光子はベルの不等式を破ることになります。あの「成り立つに決まっている」が、現実の実験で破られうる。
【衝突の計算】
ベルの不等式:D(A,C) ≤ D(A,B) + D(B,C) (A=0°、B=30°、C=60°)
量子力学の予言を代入:sin²60° ≤ sin²30° + sin²30°
値を入れると:3/4 ≤ 1/4 + 1/4 = 1/2 → 不成立! 量子力学の予言はベルの不等式と両立しない

ねこ博士
きみはいま、1964年のベルが見たのと同じ景色を見ているんだよ。300年の物理学の常識と量子力学の予言が、たった3つの分数の上で正面衝突している。意味を正確に言っておこう。ベルの不等式は「説明書があるなら絶対に成り立つ」ものだった。つまり、量子力学の予言する3つの食い違い率 (3/4, 1/4, 1/4) を同時に出せる説明書のセットは、この世に存在しない。しかもこの衝突は、30°と60°という角度の偶然でもないんだ。A=0°、B=θ、C=2θと一般化すると、不等式は sin²(2θ) ≤ 2sin²θ となるべきところだ。ところがθが小さいとき、sinθはほぼθに比例するから、sin²(2θ)は約(2θ)²=4θ²、右辺は約2θ²。θが45°より小さいかぎり、左辺が勝ち続ける。
スライダーでθを動かすと、左辺(2θぶん一気にずらしたときの食い違い)と右辺(θずつ2回の食い違いの合計)が変わる。θが45°未満のあいだ、左辺は常に右辺を上回る=不等式は破れ続ける。θ=45°でちょうど引き分け、それより大きいと不等式はおとなしく成り立つ。破れは特定の角度のマジックではなく、sin²カーブの「出だしなだらか、あとから加速」という形そのものに刻まれている

うさ美
いろいろなθで計算してみて、破れがカーブの形そのものに刻まれていることは納得しました。それでも冷静に言えば、今日示せたのは「予言同士の衝突」までです。本当に自然がどちらに従うかは、実際の光子で測らないと分かりません。ただ――DやD(A,B)は実際に測れる数でしたよね。だったらこの対立は、解釈や哲学ではなく、実験データそのもので白黒つけられます。データが不等式の内側に収まれば局所実在論の勝ち、はみ出せば負け。

ねこ博士
それこそが、ベルの不等式の最大の美点だよ。量子力学の計算が正しいかどうかさえ、判決には関係ない。装置を組んで、数を数えれば、自然自身が答えてくれる。次のステージでは、この実験に人生を賭けた物理学者たちの50年を追いかけよう。舞台は数式の世界から、レーザーと偏光板の並ぶ実験室へ移るよ。
【このステージの成果】
マルスの法則(光子版):軸から角度θ傾いた偏光の光子は、確率 cos²θ で通り、確率 sin²θ で吸収される
もつれペアの食い違い率(量子力学の予言):D=sin²(角度差Δ)
Δ=0°:D=0(完全相関) Δ=30°:D=1/4 Δ=60°:D=3/4 Δ=90°:D=1
ベルの不等式に代入すると 3/4 ≤ 1/2 で不成立。量子力学の予言はベルの不等式と両立しない(決着は実験データに委ねられる)
確認クイズ
Q1. 偏光板の軸から角度θ傾いた偏光を持つ光子1個は、どうなる?
正解! 波としての明るさの法則(cos²θ倍)を、割れない光子1個に読み替えると「通る確率cos²θ」になる。矢印を軸方向(cosθ)と直角方向(sinθ)に分解し、明るさ=振幅の2乗、と組み合わせた結果だ。
Q2. 量子力学の予言 D=sin²Δ の検算として正しいのはどれ?
正解! sin²0°=0なので同じ角度では食い違いゼロ――STAGE2の完全相関が再現される。sin²90°=1なので直角では必ず食い違う。両端が実験事実と合っていることを確かめてから、中間の角度を信用するのが物理の作法だ。
Q3. 角度差60°のときの食い違い率 D=sin²60° の値は?
正解! sin60°=√3/2 だから、2乗して (√3/2)²=3/4。30°のときの1/4に対して、角度が2倍になると食い違いは3倍になる。この「2倍を超える加速」こそが、ベルの不等式と衝突する火種だ。
Q4. ベルの不等式に量子力学の予言(A=0°、B=30°、C=60°)を代入した結果はどれ?
正解! 左辺D(A,C)=sin²60°=3/4、右辺D(A,B)+D(B,C)=1/4+1/4=1/2。局所実在論なら絶対に成り立つはずの不等式と、量子力学の予言は両立しない。どちらが自然の姿かは、次のステージの実験が決める。