STAGE 4
微分という検出器
波から E と p を取り出す
🎯 ミッション
微分を「傾きを読む操作」として理解し、電子の波 ψ に −iℏ∂/∂x を作用させると p×ψ が、iℏ∂/∂t を作用させると E×ψ が出てくることを、自分の手で計算できるようになろう。
未達成

ねこ博士
前回の宿題はこうだった。電子の波 ψ=A ei(px−Et)/ℏ の中には、運動量 p とエネルギー E が「位相の進むペース」として記録されている。ならば、式への操作でそれを取り出せないか。今日はその道具、微分を手に入れる。量子力学の教室で名前だけ聞いて、「出会う日を楽しみに」と預けてあったあれだね。中身は、あのとき聞いたとおり素朴だよ。グラフの傾きを読む。それだけだ。関数 f(x) のグラフの上で、x をほんの少し(d とする)進めたときの高さの増え幅を、進んだ幅 d で割る:(f(x+d)−f(x))/d。d をどんどん小さくしていったときにこの割合が近づく値を、x での微分(傾き)と呼んで、df/dx と書く。この d は、記号を考えたライプニッツが differentia(ラテン語で「差」。英語の difference と同じ語源)の頭文字として使ったものでね。df/dx は「f の差 ÷ x の差」と読める形になっている。坂道の勾配と同じだね。「3%の坂」が、100m進むと3m上がる坂のことであるようにさ。

うさ美
傾きなら中学の一次関数でやりました。y=2x の傾きは 2。ただ、あれは直線だから傾きがどこでも同じでした。曲線だと場所ごとに傾きが違う――だから「d を小さくして、その場所のすぐ近くだけで測る」わけですね。df/dx は「x のいまの場所での、局所的な傾き」。d で割っているのは、幅あたりに直すため。
曲線の各点には、その点だけの傾き(赤い接線)がある。x を少し進めたときの高さの増え幅÷進んだ幅、の極限が微分 df/dx。上り坂ではプラス、山の頂上ではゼロ、下り坂ではマイナスと、場所とともに変わっていく

ねこ博士
それで十分だ。ひとつだけ記号の注意をね。私たちの ψ は、場所 x と時刻 t の2つを入力に取る関数だ。だから「傾き」も2種類ある。時刻 t を凍結して、x 方向の傾きを読む操作を ∂ψ/∂x、場所 x を凍結して、t 方向の変化の速さを読む操作を ∂ψ/∂t と書く。d の代わりに使う ∂(ラウンドディー)という丸い文字は、量子力学の教室でシュレディンガー方程式を読んだときに出てきたね。「他の入力は凍結していますよ」という目印で、この流儀の微分を偏微分と呼ぶのだった。読み方は d のときと同じで、∂ψ/∂x は「x を少し動かしたら ψ がどれだけ変わるか」だよ。
4.00
2.00
━ t を凍結した断面 → ∂ψ/∂x = +1.90
━ x を凍結した断面 → ∂ψ/∂t = −1.25
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ψ(x, t) の立体グラフ。床の2方向が場所 x と時刻 t、高さが ψ の値(本当は複素数なので、ここでは実部だけを高さにしている)。入力が2つあるとグラフは線ではなく面になり、「傾き」はどちらへ歩くかで変わる。金色の線は時刻 t を凍結して x 方向へ歩いた断面、青い線は場所 x を凍結して t 方向へ歩いた断面で、交点に引いた接線の傾きがそれぞれ ∂ψ/∂x と ∂ψ/∂t。∂ は「ほかの入力は凍結中」という目印だった。x₀・t₀ を動かすと交点が面の上を移動し、2つの傾きが別々に変わる

ねこ博士
さて、微分の計算規則はたくさんあるけれど、今日の仕事に必要なのはたった1つ。指数関数の微分だ。ステージ2で確認した e の心臓部――関数 et は「増える速さ=いまの量」を思い出してごらん。式で書けば d(et)/dt=et。微分しても自分のまま、という唯一無二の関数だ。では eat(a は定数)ならどうなるかな。中身の時計 at は、t の a 倍の速さで進む。早回しで観察しているのと同じだから、変化の速さも a 倍。つまり――
d(eat)/dt = a eat
「肩の係数が、そのまま前に飛び出してくる」。これが今日使う唯一のルールで、a が複素数(i を含む数)でもそのまま成り立つことが知られている。
d(eat)/dt = a eat
「肩の係数が、そのまま前に飛び出してくる」。これが今日使う唯一のルールで、a が複素数(i を含む数)でもそのまま成り立つことが知られている。

うさ美
肩の係数が前に飛び出す……。あ、待ってください。私たちの波は ψ=A ei(kx−ωt)。肩に kx が乗っています。x で微分したら、x の係数 ik が前に飛び出してくるんじゃないですか? そして k は運動量の暗号(p=ℏk)……。やってみます。t を凍結して x で微分:
∂ψ/∂x = (ik) × A ei(kx−ωt) = ik ψ
出ました。波を x で微分すると、自分自身の ik 倍が返ってくる。
∂ψ/∂x = (ik) × A ei(kx−ωt) = ik ψ
出ました。波を x で微分すると、自分自身の ik 倍が返ってくる。

ねこ博士
その通り、それが導出の心臓部だよ。あとは化粧を整えるだけだ。ほしいのは ik ψ ではなく p ψ=ℏk ψ。邪魔者は i だけだから、−iℏ を掛けて消してしまおう。−i×i=−i²=1 だからね。
(−iℏ) ∂ψ/∂x = (−iℏ)(ik) ψ = ℏk ψ = p ψ
まったく同じことを時間方向にもやってごらん。肩の t の係数は −iω だ。
(−iℏ) ∂ψ/∂x = (−iℏ)(ik) ψ = ℏk ψ = p ψ
まったく同じことを時間方向にもやってごらん。肩の t の係数は −iω だ。

うさ美
x を凍結して t で微分すると、−iω が前に出て ∂ψ/∂t = −iω ψ。ほしいのは Eψ=ℏω ψ だから、今度は iℏ を掛ければ――
(iℏ) ∂ψ/∂t = (iℏ)(−iω) ψ = ℏω ψ = E ψ
できました。x 方向の傾きを読んで −iℏ を掛けると運動量が、t 方向の変化を読んで iℏ を掛けるとエネルギーが、波の中から出てくる。まるで検出器ですね。波をこの機械に通すと、体内に記録されていた値が札になって出てくる。
(iℏ) ∂ψ/∂t = (iℏ)(−iω) ψ = ℏω ψ = E ψ
できました。x 方向の傾きを読んで −iℏ を掛けると運動量が、t 方向の変化を読んで iℏ を掛けるとエネルギーが、波の中から出てくる。まるで検出器ですね。波をこの機械に通すと、体内に記録されていた値が札になって出てくる。
2つの検出器。−iℏ∂/∂x は x 方向の傾き(波の細かさ)から運動量 p を、iℏ∂/∂t は時間変化の速さ(振動の速さ)からエネルギー E を読み出し、どちらも「ψ×その値」の形で返す。このような「関数への操作」が演算子――量子力学の教室では Ĥ という完成品として渡されるだけだったものを、ここでは部品から組み立てている
【2つの検出器(演算子)】
運動量: −iℏ ∂ψ/∂x = p ψ エネルギー: iℏ ∂ψ/∂t = E ψ
∂/∂x:t を凍結して x 方向の傾きを読む ∂/∂t:x を凍結して時間変化の速さを読む −i×i=1 で邪魔な i を消す

ねこ博士
こうした「関数を入れると、加工した関数が返ってくる操作」――量子力学の教室で演算子と呼んだ、あれだね。あのときは Ĥ という完成品を外から眺めるだけだったけれど、いまきみは、演算子を自分の手で1つ組み上げたことになる。運動量の演算子には p̂(ピーハット)という帽子つきの記号を使うのが習わしだよ。p̂=−iℏ∂/∂x。ここで、きみに確かめてほしいことがある。もし前々回の忠告を無視して、波を実数の sin のままにしていたら、この検出器はどうなっていたかな。sin の微分は cos になることが知られている(円の絵で言えば、縦の位置の変化の速さは横の位置になる、ということだ)。

うさ美
A sin(kx−ωt) を x で微分すると、Ak cos(kx−ωt)。……壊れますね。返ってきたのは別の形の波で、「自分自身 × 定数」になっていません。sin と cos は山の位置がずれた別物ですから、「ψ の何倍」とも言えない。検出器が値札を返してくれない。eiθ なら微分しても自分のままだから、きれいに「ψ × ik」と括れた……。ステージ2の「強みその2」は、このためだったんですね。

ねこ博士
そのとおり。伏線は回収された。……最後に、次回への仕込みをひとつだけ。この先で必要になるのは、実は p そのものよりも p²(運動量の2乗)なんだ。検出器を2回連続で通せばいい。1回目で ik が前に出て、2回目でもう1個 ik が出る。つまり x で2回微分(∂²/∂x² と書く)すると (ik)²=−k² が前に出る:
∂²ψ/∂x² = −k²ψ
両辺に −ℏ² を掛ければ、−ℏ² ∂²ψ/∂x² = ℏ²k²ψ = p²ψ。p² の検出器は −ℏ²∂²/∂x² だ。2回微分は「傾きの傾き」、グラフの言葉で言えば曲がり具合(カーブのきつさ)を読む操作だよ。細かい波ほど鋭く曲がる――だから曲がり具合が p² の目盛りになる。
∂²ψ/∂x² = −k²ψ
両辺に −ℏ² を掛ければ、−ℏ² ∂²ψ/∂x² = ℏ²k²ψ = p²ψ。p² の検出器は −ℏ²∂²/∂x² だ。2回微分は「傾きの傾き」、グラフの言葉で言えば曲がり具合(カーブのきつさ)を読む操作だよ。細かい波ほど鋭く曲がる――だから曲がり具合が p² の目盛りになる。

うさ美
道具箱がそろいました。E の検出器、p の検出器、p² の検出器。……ここまで来ると、次にやることが見える気がします。もし E と p をつなぐ関係式が物理の側にあるなら、その関係式に、検出器を代入するんじゃないですか?

ねこ博士
……先に言われてしまったね。そう、次回はいよいよ最終組み立てだ。エネルギー保存則という物理の背骨に、今日の検出器たちをはめ込む。そこに現れるのが、シュレディンガー方程式そのものだよ。
確認クイズ
Q1. 関数 f(x) の微分 df/dx とは何を表す量?
正解! 微分は「その場所の局所的な傾き」を読む操作。(f(x+d)−f(x))/d で d を限りなく小さくした値だ。曲線では場所ごとに傾きが変わるから、df/dx 自体も x の関数になる。ちなみに面積を測るのは積分のほう。
Q2. ψ=A ei(kx−ωt) を x で微分(∂ψ/∂x)すると?
正解! e の肩の係数がそのまま前に出る(d(eax)/dx=a eax)のが指数関数の微分ルール。x の係数は ik だから ∂ψ/∂x=ikψ。「自分自身×定数」の形で返ってくるからこそ、−iℏ を掛けて p ψ という値札が読める。sin だと cos に化けてしまい、この芸当ができない。
Q3. 運動量の検出器が「−iℏ∂/∂x」と、−iℏ を掛ける形になっている理由は?
正解! ∂ψ/∂x=ikψ のままでは i が余計で、k はまだ波の言葉。−iℏ を掛けると (−iℏ)(ik)=ℏk=p となり、ちょうど「運動量 × ψ」が返る。−i は i の消去係、ℏ は辞書(p=ℏk)の換算係というわけだ。