STAGE 5
方程式が生まれる瞬間
エネルギー保存則に代入する
🎯 ミッション
エネルギー保存則 E=p²/2m+V に、前回組み立てた検出器(演算子)を代入して、シュレディンガー方程式を自分の手で組み上げよう。各項が何を表しているか読み下せれば合格。
未達成

ねこ博士
今日が組み立ての日だ。設計図になるのは、物理でいちばん頼りになる背骨――エネルギー保存則。まず言葉をそろえよう。動いている物体が持つ運動エネルギーは、質量 m・速さ v なら ½mv²――量子力学の教室で、運動量 p=mv と見比べた式だね。一方、位置エネルギー V は「場所に応じて預けてあるエネルギー」。高い棚の上のボールは、落ちれば速さに変わる分をあらかじめ蓄えているし、押し縮めたバネの中の球や、原子核に引かれる電子も、位置に応じたエネルギーを持つ。場所 x の関数だから V(x) と書く。そして保存則はこう言う。合計 E = 運動エネルギー + V(x) は、途中で形を変えながらも、総額は一定に保たれる。ジェットコースターが谷で速く、山の上で遅いのは、V と運動エネルギーを両替しながら総額を守っているからだね。

うさ美
½mv² のほうは、動きから直接計算できるので分かります。でも V は「場所に応じて預けてある」と言われただけでは、正体がつかめません。力とは、どうつながっているんですか? 保存則で運動エネルギーと両替できる以上、電子を押したり引いたりする力と無関係のはずはないと思うのですが。

ねこ博士
とても大事な確認だ。V(x) は「地形図」だと思うのがいちばんいい。横軸が場所 x、縦軸が V の高さのグラフを描く。すると力の正体は、その地形の坂の傾きなんだ。物体は坂を転がり落ちる向き――V の高い側から低い側へ――押されて、坂が急なほど力は強い。いまの3つの例で確かめてごらん。棚の上のボール:地形(高さ)が傾いている→低い方へ押される。押し縮めたバネ:縮めるほど V が急上昇→強く押し戻される。原子核のそばの電子:核に近いほど V が深く落ち込んでいる→核へ引き込まれる。ぜんぶ「坂の傾き」の一言で読めるね。逆に言えば、地形が平らな場所では、力はゼロ。もうひとつ大事なのは、地形全体の高さの基準は自由に選べることだ。ボールの運動は、高さを地面から測っても海面から測っても変わらない。物理に効くのは V の差と傾きだけで、どこを「高さ0」と呼ぶかはこちらの勝手なんだよ。

うさ美
V は地形図、力は坂の傾き、基準は自由。これで保存則の風景が見えました。ただ、私たちの手持ちの検出器は E と p と p² のものです。½mv² には v が入っていて、そのままでは検出器が当てはまりません。v を p で書き直す必要がありますね。……p=mv でしたから、v=p/m。代入すると ½m(p/m)² = ½ m p²/m² = p²/2m。できました。運動エネルギーは p²/2m。だから保存則は
E = p²/2m + V(x)
これで全部の登場人物が、検出器を持っている量になりました。
E = p²/2m + V(x)
これで全部の登場人物が、検出器を持っている量になりました。

ねこ博士
準備はこれで十分だね。ではシュレディンガーの一手を再現しよう。発想はこうだ。「このエネルギーの帳簿は、電子の波 ψ の上でも成り立っていなければならない」。そこで保存則の両辺に ψ を掛ける。
E ψ = (p²/2m) ψ + V(x) ψ
ただの掛け算に見えるね。ところが、ここに前回の成果を思い出してほしい。Eψ も p²ψ も、ψ への微分操作で作れるんだった。つまりこの式の各部品は、そっくり検出器に置き換えられる――
E ψ = (p²/2m) ψ + V(x) ψ
ただの掛け算に見えるね。ところが、ここに前回の成果を思い出してほしい。Eψ も p²ψ も、ψ への微分操作で作れるんだった。つまりこの式の各部品は、そっくり検出器に置き換えられる――
組み立ての瞬間。保存則 Eψ=(p²/2m)ψ+Vψ の Eψ をエネルギー検出器 iℏ∂ψ/∂t に、p²ψ を p² 検出器 −ℏ²∂²ψ/∂x²(÷2m)に置き換える。V(x)ψ はただの掛け算なのでそのまま。3つの部品がはまると、シュレディンガー方程式が現れる
【シュレディンガー方程式】 iℏ ∂ψ/∂t = −(ℏ²/2m) ∂²ψ/∂x² + V(x) ψ
左辺:波の時間変化(=エネルギーの読み取り) 右辺第1項:波の曲がり具合(=運動エネルギー) 右辺第2項:場所ごとの位置エネルギー

うさ美
……これが、あのシュレディンガー方程式。量子力学の教室では、名前と形だけを、理由の説明ぬきで受け取るしかなかった式が、「エネルギー保存則に、波の検出器をはめ込んだだけ」の形をしている。読み下すと、こうですね。「波 ψ の時間変化のペース(左辺)は、波の曲がり具合が表す運動エネルギーと、その場所の位置エネルギーの合計(右辺)で決まる」。F=ma が「力が加速を決める」と言うように、この式は「エネルギーの帳簿が波の変化を決める」と言っている。……ただ、正直に言うと、少し引っかかります。検出器が正しく E や p を返すことを確かめたのは、まっすぐ進む波 ei(kx−ωt) だけでした。V(x) が場所ごとに変わる状況では、波はもうあの単純な形ではいられないはずです。この方程式を信じていい理由はあるんですか?

ねこ博士
その慎重さは科学者のものだよ。正直に答えよう。まず、V=0(力を受けない自由な電子)の場合は、検算できる。ψ=A ei(kx−ωt) を方程式に入れてごらん。左辺は Eψ、右辺第1項は (p²/2m)ψ になって、方程式は「E=p²/2m」――自由な粒子のエネルギーの式そのものに戻る。つじつまは完全に合っている。だが V(x) がある一般の場合はどうか。ここは、はっきり言えば飛躍なんだ。シュレディンガーは「単純な場合にこの形なら、複雑な場合も同じ形の法則が成り立つはずだ」と賭けた。物理の基本法則は、証明されるものではなく推測され、実験で裁かれるものだからね。そして裁きは即座に下った。彼はこの方程式を水素原子に適用して解き、賭けに勝った。その勝負の中身は、旅の最後のステージで見届けよう。以来100年、この方程式が外れた例はない。半導体もレーザーも化学結合も、ぜんぶこの式の上に建っている。
V=0 のときの検算 ― ψ=A ei(kx−ωt) を方程式に入れる
- iℏ ∂ψ/∂t = −(ℏ²/2m) ∂²ψ/∂x²出発点。V=0 なので位置エネルギーの項が消えている。ここに ψ=A ei(kx−ωt) を入れていく
- ∂ψ/∂t = −iω ψ【左辺の準備】t で1回微分する。e の肩を微分すると肩にある t の係数がそのまま前に出て、形は自分のまま。肩は i(kx−ωt) だから、出てくるのは −iω
- iℏ ∂ψ/∂t = iℏ×(−iω)ψ = ℏω ψ左辺の iℏ を掛ける。i×(−i)=−i²=1 なので、i が消えて ℏω だけが残る
- = E ψ辞書の1本目 E=ℏω を使う。左辺の正体は「E の ψ 倍」だった
- ∂ψ/∂x = ik ψ【右辺の準備】こんどは x で1回微分。肩の x の係数 ik が前に出る
- ∂²ψ/∂x² = (ik)² ψ = −k² ψもう1回 x で微分するので、ik がもう1つ出て2乗になる。(ik)²=i²k²=−k²
- −(ℏ²/2m) ∂²ψ/∂x² = −(ℏ²/2m)×(−k²)ψ = (ℏ²k²/2m) ψ右辺の係数を掛ける。マイナス×マイナスでプラスに戻る
- = (p²/2m) ψ辞書の2本目 p=ℏk を使う。ℏ²k²=(ℏk)²=p²。右辺の正体は「p²/2m の ψ 倍」だった
- E ψ = (p²/2m) ψ左辺と右辺を並べる。どちらも「ψ の何倍か」という同じ形になっている
- E = p²/2m両辺を ψ で割る(ψ は 0 ではない)。これは運動エネルギーだけを持つ自由な粒子の式そのもの。p=mv を入れれば p²/2m=½mv² ――つじつまが合った
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「次の一手」を押すと、式変形が1行ずつ進む。金色が左辺(時間の側)、青が右辺(場所の側)の計算で、どちらも「微分すると、肩の係数が前に出るだけで ψ の形は変わらない」という eiθ の性質だけで進む。最後に両辺とも ψ の定数倍になるので、ψ で割れば E=p²/2m が残る

うさ美
ひとつ引っかかります。いまの検算、組み立ての手順を逆にたどっただけではありませんか。E の検出器も p の検出器も、そもそもあの平面波に当てたとき正しい答えが返るように作ったものでした。同じ平面波を戻せば、元の E=p²/2m が出てくるのは当たり前な気がします。

ねこ博士
そのとおりだ。ごまかさずに言っておこう。あれは検算であって、検証ではない。連立方程式を解いたあとで、答えを元の式に入れ直して確かめるのと同じ種類の作業でね。分かるのは「代入や符号を間違えていない」ことだけで、方程式が正しい証拠は1つも増えていない。……そのうえで、私たちがどこに賭けたのかをはっきりさせておこう。さっき話した V(x) への一般化に加えて、じつはあと2つある。ひとつは、方程式の形を「足し算してよい形」に選んだこと。組み立てに使ったのは、運動量もエネルギーも1つに決まった平面波、たった1本だ。ところがこの方程式は、2つの解を足したものも、また解になる。そこから重ね合わせも、干渉も、1か所に集まった波も出てくる――平面波1本からは、絶対に出てこない主張だよ。
「足し算してよい形」とは何か ― 平面波を足していくと何が起きるか
足し算をすり抜ける操作
2倍する:2×(a+b) = 2a+2b
微分する:(f+g) の傾き = f の傾き + g の傾き
なぜ?(2行で済む)
ステージ4の定義「増え幅÷進んだ幅」に入れるだけ。h=f+g として、x を d だけ進めたときの h の増え幅は
h(x+d)−h(x) = [f(x+d)−f(x)] + [g(x+d)−g(x)]
(足し算の順番を入れ替えただけ)。両辺を d で割れば「h の増え幅÷d = f の増え幅÷d + g の増え幅÷d」。d を小さくしていくと、左は (f+g) の傾き、右は f の傾き+g の傾き。高さが足し算なら増え幅も足し算、だから傾きも足し算。2回微分はこれを2回使うだけ。V(x) や iℏ を掛けるほうは、中1の分配法則 V(ψ₁+ψ₂)=Vψ₁+Vψ₂ そのもの
h(x+d)−h(x) = [f(x+d)−f(x)] + [g(x+d)−g(x)]
(足し算の順番を入れ替えただけ)。両辺を d で割れば「h の増え幅÷d = f の増え幅÷d + g の増え幅÷d」。d を小さくしていくと、左は (f+g) の傾き、右は f の傾き+g の傾き。高さが足し算なら増え幅も足し算、だから傾きも足し算。2回微分はこれを2回使うだけ。V(x) や iℏ を掛けるほうは、中1の分配法則 V(ψ₁+ψ₂)=Vψ₁+Vψ₂ そのもの
方程式に出てくる操作は「微分する」「数を掛ける」だけ。だから ψ₁+ψ₂ を入れると各項がほどけて、ψ₁ の式 + ψ₂ の式 になる。両方が成り立つなら、和も成り立つ
足し算をすり抜けない操作
2乗する:(a+b)² ≠ a²+b²
(余分な 2ab が出てくる)
もし方程式に ψ² のような項があったら、2つの解を足したものは解にならない。シュレディンガーはそういう形を選ばなかった
ψ₁+ψ₂ を方程式に入れると何が起きるか
- (1) iℏ ∂ψ₁/∂t = −(ℏ²/2m) ∂²ψ₁/∂x² + Vψ₁ψ₁ は方程式の解だとする。つまりこの等式が成り立っている
- (2) iℏ ∂ψ₂/∂t = −(ℏ²/2m) ∂²ψ₂/∂x² + Vψ₂ψ₂ も別の解だとする。こちらの等式も成り立っている
- 左辺に ψ₁+ψ₂ を入れる:iℏ ∂(ψ₁+ψ₂)/∂t = iℏ ∂ψ₁/∂t + iℏ ∂ψ₂/∂t「和の微分=微分の和」(微分は足し算をすり抜ける)。左辺が2つの塊にほどけた
- 右辺に ψ₁+ψ₂ を入れる:−(ℏ²/2m) ∂²(ψ₁+ψ₂)/∂x² + V(ψ₁+ψ₂)
= [−(ℏ²/2m) ∂²ψ₁/∂x² + Vψ₁] + [−(ℏ²/2m) ∂²ψ₂/∂x² + Vψ₂]2回微分も、V を掛けるのも、足し算をすり抜ける。右辺も2つの塊にほどけた - 金の塊どうしは (1) で等しい。青の塊どうしは (2) で等しいほどけた左辺と右辺を見比べると、ψ₁ の分は (1) そのもの、ψ₂ の分は (2) そのもの
- iℏ ∂(ψ₁+ψ₂)/∂t = −(ℏ²/2m) ∂²(ψ₁+ψ₂)/∂x² + V(ψ₁+ψ₂)等しいもの同士を足せば、和も等しい。ψ₁+ψ₂ も方程式を満たす。新しい計算は何もしていない――ほどいて、(1)(2) を使って、また束ねただけ
- もし ψ² の項があったら:(ψ₁+ψ₂)² = ψ₁² + ψ₂² + 2ψ₁ψ₂(1)(2) を足しても出てこない余分な 2ψ₁ψ₂ が残り、和は解にならない。「足し算してよい形」とは、この余分が出てこない形のこと
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1 本
1本だけ:山と谷は動くが、波の強さ(薄い帯の高さ)はどこも同じ。「電子がどこにいるか」は言えない
上段は足し合わせる平面波(運動量が少しずつ違う)を1本ずつ並べたもの、下段はそれをぜんぶ足した結果。線が ψ の値(実部)、薄い帯が波の強さ |ψ|。1本だけなら強さはどこでも同じで、場所の情報がない。ところが本数を増やすと、足し合わせで強め合う場所と打ち消し合う場所ができ、波は1か所に集まる――これが「1か所に集まった波(波束)」で、粒らしく動く電子の姿はここから出てくる。方程式が「足し算をすり抜ける形」だからこそ、1本1本が解なら、足した波もそのまま解になる。集まった波が進みながら少しずつ広がるのも、方程式の帰結だよ

ねこ博士
もうひとつは、時間について1回しか微分していないこと。これは「ある瞬間の ψ の形さえ決まれば、そこから先は全部決まる」と宣言したのと同じでね。ニュートンの F=ma が、位置と速度の2つをそろえないと未来を言えないのとは、そこが違う。この3つの賭けは、どれも平面波の検算では確かめられない。だから最後は、実験に裁いてもらうしかなかったんだ。
「ある瞬間の ψ の形さえ決まれば、そこから先は全部決まる」とは
4.0 m/s
+1.50
🖱️ 下の図はドラッグ(スマホは指でなぞる)で視点を回せます
上(ニュートン):F=ma は「加速度=速度の変化率」を決める式なので、いまの位置を渡されてもいまの速度は教えてくれない。同じ場所から投げても初速が違えば軌道が分かれる――位置と速度の2つをそろえて初めて未来が決まる。下(シュレディンガー):床の2方向が場所 x と時刻 t、高さが ψ の値(実部)。手前の金色の針の列が t=0 の ψ で、渡すのはこれだけ。ψ は複素数なので、t=0 の断面だけは高さ(実部)と手前への突き出し(虚部)を持つ針の列で描いている――ステージ2のらせん階段そのもの。方程式は「ψ の変化率=いまの ψ から計算できるもの」の形なので、この針の列から次の瞬間が決まり、それを繰り返して曲面全体(=未来)が奥へ描き足されていく。k₀ は別の入力ではない。針の列の巻き方(らせんの向きと細かさ)が k₀ であり、それは t=0 の形の一部。もし高さ(実部)だけを描いたら +k₀ と −k₀ は同じ絵になってしまい、「同じ形なのに未来が違う」ように見える――だから針で描く必要がある。スライダーは「t=0 の形をどれにするか」を選んでいるだけで、選んだ形が違えば塊の進む向きが変わる

うさ美
「導出」と言っても、数学の証明ではなくて、もっともらしい設計図を組んで、自然に審査してもらったんですね。むしろ誠実で好きです。……あ、それともう1つ、回収したい伏線があります。ステージ2の「i が方程式に居座る」。左辺の先頭に、たしかに居座っていますね。量子力学の教室でこの式を見せられたときも、左辺の iℏ に驚いたのを覚えています。虚数が物理の基本方程式に堂々と入っている、と。あのときは形を受け取るだけでしたが、いまなら出どころが分かります。この i は、エネルギーの検出器 iℏ∂/∂t からそのまま持ち込まれたものですね。

ねこ博士
そう、そのとおりだよ。そしてここが、物理学史でも特別な場所なんだ。この方程式は、i を消すことができない。もし ψ が実数の波なら、左辺(実数×i)は純虚数、右辺は実数になって、両辺が等しくなれるのは両方ゼロのときだけ。左辺がゼロということは「時間がたっても ψ がまったく変わらない」ということだから、実数のままでは、伝わる波も、形を変える波も作れない。つまり方程式自身が「解 ψ は本質的に複素数でなければならない」と宣言している。海の波や音では複素数はただの便利道具だったけれど、量子の世界では自然そのものが複素数で帳簿をつけている。シュレディンガー本人すら、最初はこの i に当惑して、実数の方程式に書き直そうと苦闘したほどだよ。……ちなみに、右辺の操作ぜんぶ(曲がり具合を読む+V を掛ける)をひとまとめにすると、量子力学の教室で名前だけ渡された Ĥ(ハミルトニアン)そのものになる。あのときは「運動エネルギー+位置エネルギーを表す演算子」という説明を受け取るだけだったけれど、いまのきみは、その中身が何でできているかを一行ずつ知っているね。すると方程式は iℏ∂ψ/∂t=Ĥψ と、たった一行になる。トップページに掲げてあった式は、これだったんだ。

うさ美
待ってください。その i は、私たちが最初に平面波を ei(kx−ωt) と複素数で置いたから入ったものですよね。組み立てに複素数を使っておいて、できた方程式に i があるから複素数が必要だ、というのは、さっきの検算と同じで循環していませんか。

ねこ博士
そのとおり。そのままでは循環している。方程式の i は、私たちが入れたものだ。だから、いったん i という文字を忘れて、別の問いを立てよう。「実数1本の波では務まらないのか」。要求は3つある。ひとつ、さっき賭けた1階――いまの形だけで未来が決まること。ふたつ、辞書から来る条件で、E=p²/2m は p の符号によらないから、右へ進む波と左へ進む波が同じ振動数を持つこと。みっつ、確率が勝手に消えてはいけないから、波が減衰しないこと。ここで、実数1本の波に対する1階の規則を調べ尽くすと、作れるのは2つの型とその混ぜ合わせしかないんだ。形を横へ送る型(∂u/∂t=−c ∂u/∂x)と、熱が広がるように平らにならす型(∂u/∂t=α ∂²u/∂x²)。前者は一方通行で、右へ進む波しか許さないから、ふたつ目に反する。後者は減衰するから、みっつ目に反する。実数1本では、どうやっても3つを同時に満たせない。

うさ美
では、どうすれば満たせるんですか。

ねこ博士
抜け道はひとつ。実数を2本使う。u と v の2本が、互いに90°ひねって渡し合う――u の変化は v の曲がり具合で決まり、v の変化は u の曲がり具合で決まる、ただし片方に負号をつけて。
∂u/∂t = −(ℏ/2m) ∂²v/∂x²
∂v/∂t = +(ℏ/2m) ∂²u/∂x²
こうすると (u, v) の組は回転するだけで長さは減らず、右向きにも左向きにも進める。そしてこの2本を ψ=u+iv と1文字にまとめると、「90°ひねる」がそのまま i になり、上の2本の式は iℏ ∂ψ/∂t=−(ℏ²/2m) ∂²ψ/∂x² の1本に畳まれる。複素数の教室の「i を掛ける=90°回す」が、ここで効いているわけだ。だから正確に言えば、循環していないのは「i という記号」ではなく「2成分であること」だよ。i を使わずに、いまの2本の実数の式のまま書くこともできる。でも1本では不可能。それが「本質的に複素数」の中身だ。海の波と違うのもここでね。海の波なら実部だけ取ればよかったけれど、量子の波では2本目が帳簿上の便宜ではない。2本のあいだの角度――位相の差――が、干渉縞の位置として実験に現れる。
∂u/∂t = −(ℏ/2m) ∂²v/∂x²
∂v/∂t = +(ℏ/2m) ∂²u/∂x²
こうすると (u, v) の組は回転するだけで長さは減らず、右向きにも左向きにも進める。そしてこの2本を ψ=u+iv と1文字にまとめると、「90°ひねる」がそのまま i になり、上の2本の式は iℏ ∂ψ/∂t=−(ℏ²/2m) ∂²ψ/∂x² の1本に畳まれる。複素数の教室の「i を掛ける=90°回す」が、ここで効いているわけだ。だから正確に言えば、循環していないのは「i という記号」ではなく「2成分であること」だよ。i を使わずに、いまの2本の実数の式のまま書くこともできる。でも1本では不可能。それが「本質的に複素数」の中身だ。海の波と違うのもここでね。海の波なら実部だけ取ればよかったけれど、量子の波では2本目が帳簿上の便宜ではない。2本のあいだの角度――位相の差――が、干渉縞の位置として実験に現れる。

うさ美
山頂に着いた気分です。でも、方程式は持っているだけでは役に立たないですよね。F=ma だって、実際に投げたボールの軌道を計算して初めて意味がある。この方程式も、何か具体的な問題を解いてみたいです。水素原子は……いきなりだと難しそうですけど。

ねこ博士
その意気だ。次のステージでは、量子力学でいちばん簡単で、いちばん教えの多い問題を解く。「箱の中に閉じ込められた電子」だ。解いてみると、驚くべきことが起きる。誰も頼んでいないのに、方程式が勝手に「エネルギーは飛び飛びの値しか取れない」と答えてくるんだ。量子(quantum)という名前の由来そのものが、計算から転がり出てくるよ。
【検算:V=0 のとき】 ψ=Aei(kx−ωt) を代入すると
左辺=Eψ、右辺=(p²/2m)ψ → 方程式は E=p²/2m(自由な粒子の式)に一致 ✓
V(x)ありの形は「推測」であり、水素原子のスペクトルを言い当てて実証された
確認クイズ
Q1. 運動エネルギー ½mv² を運動量 p=mv で書き直すと?
正解! v=p/m を代入して ½m(p/m)²=p²/2m。この書き換えのおかげで、保存則の全員(E, p², V)が検出器を持つ量になり、演算子への置き換えが可能になった。
Q2. シュレディンガー方程式の右辺第1項 −(ℏ²/2m)∂²ψ/∂x² が表しているものは?
正解! 2回微分は「傾きの傾き」=波の曲がり具合を読む。細かく波打つ(鋭く曲がる)波ほど p²が大きい、という対応で、これが運動エネルギー p²/2m の項になっている。位置エネルギーは V(x)ψ のほう。
Q3. 方程式の左辺に i が「居座っている」ことから言えるのは?
正解! ψ が実数だと左辺は純虚数・右辺は実数になり、両立するのは両辺ともゼロのときだけ=時間変化しない波しか残らない。つまり方程式自身が「解は複素数であれ」と要求している。海の波と違い、量子力学では複素数が本質――ステージ2の伏線がここで回収された。